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三年前のこの時間


僕は稽古に行く前に
洗濯物を干していた


ベランダが崩れるんじゃないかと思うくらいの揺れを感じ
部屋の中に戻り

その後、稽古が中止になり
そのまま電気も水道も止まった家で
布団に丸まってました。


つまり
無事でした。

何事もなく、と言ってもいい。


阪神大震災も実家の京都で体験しましたが、震源地から離れていたせいもあって
特別な被害もなく

直接の知り合いもみなさん無事でした。



どんだけ偉そうに
“忘れてはいけない”
なんて
言ってても
実際に家がなくなり、家族がバラバラになり、友達と生き別れた人達に比べれば

実感ないのだと思う。


もちろん、電気や水道、電車やコンビニが元通りになるたびに
色んなことに感謝したり、そんな気分は味わったのだけれど…


この三年間、何かしたのかな
出来ることがあったのでは?


そんなことを思いながら
TVを観ていると、今だに現地の悲惨な状況を沢山伝えられる

でも
僕が一番心に響いたのは
現地の方の笑顔



めちゃくちゃ素敵な笑顔されてて


自然と涙がこぼれてきて
逆にこっちが生きる勇気みたいなものを
与えられた気がしました


おかしい

おかしいですよね?



沢山、失った人達は
この三年間、何を感じて、何を乗り越えて、何を大切に生きてこられたのだろうか…

黙祷しながら、僕は映像で知ってる
当時の状況に自分をおいてみた


生き残ることの辛さ
生き残ってしまった辛さが
ドッとふってきた


でも
実際、僕がTVで観たのは笑顔。



わかんない
わかんないですけど



生きなきゃいけない!


そう思ったんじゃないでしょうか

何をしたくても
そうできなくなってしまった人達の為にも

我々は出来ることはしなくてはいけない
怠けてはならない


生きてることを
生かされてることを忘れてはいけない


僕は
そんな答えに辿り着きました。



これだって
正解ではないかも…

でも
これを大切にしよう


感謝すべきことを沢山発見して
色んなことに感謝して


何が何でも
生きることが
僕にも出来る最も重要で簡単なこと
簡単ではないかもだけど
やらなければならない


生きなければ!
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コメント

初めてコメントさせて頂きます。
私は3年前家で弟と居ました、
小学生の妹を迎えに途中怖くて泣き出した弟を抱っこしながら
小学校に向かいました。
長女として弟を守らなければという想いや自らも初めて体験する恐怖に
泣きそうになりながら妹を迎えにいったんです。千葉に住んでるので多くの被害は出ませんでした。だけどあの日から妹や弟そして多くの子どもたちが心の傷を負ったんです。

まだ成人してない私には何が出来るか未だにわかりません
だけど少しずつなにか役立つ事が出来たらなと考えています。

長々失礼しました。
けんじさんのブログを読んでどうしても伝えたくなったので書かせて頂きました。
shi-naさんへ

コメントありがとう
偉そうなことは言えません
ただ、その時側にいて
抱きしめていてあげたかった
そんな想いになったのは
正直な気持ちですが
なんの慰めにもなりませんね

でも弟さんや妹さんには
とても心強かったでしょうね

僕も緊急事態に大切な人を守れるような人でいたい
そう思います

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